【感想】内藤秀明『ようこそ!プレミアパブ』
2月の、しかも後半になってしまいました。
ほんとうはもっとはやくこのブログを更新したかったのですが、「犬フェス」に現地参加してオタク人生を振りかえってました。
節分には「ヒトラーの電動のこぎり」と呼ばれたMG42機関銃で、せいぜい金棒で武装した程度の鬼どもを掃射。血を流してのたうちまわる鬼に追い討ちとして、無数の銃創に節分豆を押し込んで、退治していました。
そんな楽しいと惨いに満ちた2月に読んでいたのがこの本。
『ようこそ!プレミアパブ』ってどんな本?【概略】
本書は表紙に「新世代のイングランドサッカー観戦バイブル」とあります。
つまり、「イングランド」の「サッカー」の「観戦」をする人たちの本です。
そのイングランドでいちばん最高のリーグ(日本のJリーグにもJ1やJ2、J3があるように、レベルごとに階層化されています)が、「プレミアリーグ」です。
そのプレミアリーグをわざわざ夜遅くまで見る物好きな人たちが日本に(本当は世界各国に)いるのですが、その日本の観戦者たちの話と、現地イングランドでの観戦の手引きを収めたのが本書です。
プレミアパブというWebサイトがある。アレクラスト大陸の南に浮かぶWebサイトだ。【著者紹介】
著者の内藤秀明さん。
まだ学生であった2012年にイングランドにわたってコーチングライセンスを取得されたそうです。
彼はプレミアリーグに特化したWebサイト「プレミアパブ」の代表を務め、サッカーライターやイベント企画、トークショー出演までこなしています。
かつては東本貢司さんや粕谷秀樹さん、場合によってはトニー・クロスビーさんといった方々が担っていたイングリッシュフットボールの新たな紹介者といったところでしょうか。前者たちがアムロやシャアなら、ウッソ・エヴィンくらい新しい世代のお方です。
まだまだこれからの活躍が期待される方(といっても、ノートパソコンのキーボードの隙間につまったザラメを除去するくらいしかやることのないぼくと比較すれば、すでに十分活躍しているのですが)。
どのような人物なのかはこれからもっと知られていくのでしょう。
個人的な印象だと、外見がちょっと東浩紀さんに似ていると思います。Leo the footballさんの動画とかで斜めから顔を見ると、そこそこ似ていて、『動物化するポストモダン』を書いた頃の彼のように見えることも。
人をつなぐ力を持ったプレミアハブ本だね【感想】
世の中的にはどうか知りませんが、ぼくの中では長いこと、イングリッシュフットボールの概説的な書物といえば、東本貢司氏の『イングランド 母なる国のフットボール』でした。
出版前には「この本が第二の『イングランド』になるのかな」と、片思いをする非モテ男のごとく勝手に思っていたのですが、本を開いてみると、だいぶ印象が違いました。
というのも、てっきり内藤さんが書きまくる本なのかと、自分の脳みその中でどんどん恋愛が進行していくストーカー男のごとく無根拠に思い込んでいたのですが、対談……というよりも、インタビュー集といったもの。
これを引き合いに出しても、10人中0人くらいしか共感してもらえないかもしれませんが、亘崇詞・植田朝日両氏の『BOCA~アルゼンチンの情熱~』に近い印象を受けました。
思い出が蘇りまくるね
序文から、内藤さんによって、クリスティアーノ・ロナウドのスコアラーとしての覚醒や、ユナイテッドがヨーロッパチャンピオンになった夜の思い出が語られます。
それだけでもう、
あのころは生中継でなく、火曜日あたりにMUTV the matchで試合を見ていたな、とか。
原博実さんが良く解説してたな、とか。
おれまだ童貞だったな、とか。
音楽を聴いて発売当時の気持ちが蘇るのとおなじ現象が起こり、なんとも懐かしさにひたれます。
カンプ・ノウの奇跡や、ファーガソン監督にとって初めてのヨーロッパタイトルとなったカップウィナーズカップ決勝なんかも、MUTVで見たっけ。そして、タイトルを勝ち取る過去のユナイテッドの姿を見て、
「ギャバン隊長ォ! どんな時代でも、ボルジャーノンは大活躍してますぜ!」
なんて『∀ガンダム』の黒歴史展開シーンで宇宙世紀時代のザクが活躍している映像に歓喜するエイムズのような気持ちになったっけ。
また、他クラブのことは他クラブのファンがよく覚えていて、たとえば2007年のマンチェスター・シティがホームで7ヶ月無得点という話を読むと、
あ……なんか、そんなことがあったような記憶が、脳の端っこのほうに薄っすらと書かれているような気がしないでもない……
みたいな程度には記憶が蘇ります。
ファンがいっぱいになったから出た本なんだね
この本、先ほども述べた通り、「なるほど、ポスト貢司ではないか……」と思いながら読んでみることになったのですが。
読み進めていくうちに「あ、インタビュー集で正解じゃん、これ!!」と知らない人の膝を打つことに。
というのも、クラブのことを濃く、また細かく聞くにはファンに聞いてまわるのが一番だと思わせてくれたからです。
しかも現地ロンドン在住のサポや、日本に帰国したものの英国に住んだ経験のある人たち。
そうでなくとも、日本でサポーターズクラブ運営をし、観戦会も開催しているような方々。
17年前は東本氏がひとりで『イングランド』を書くしかない状況だったのが、だいぶ変わってきたということなのでしょう。
だって17年前なんて精通前、へたすりゃ生まれる前、まだ遺伝子の半分がオヤジの金玉袋の内部にいたくらいの若いサポーターたちもいるでしょうし。
先行する東本氏や粕谷氏たちが散種し、芽吹いた結果、単著というよりも同人誌のような和気藹々とした本が出たんだなぁ、と思いましたとさ。
アーセナルファンマジいっぱいだね
この本を読んで特に強く感じたこと。
それは、
「グーナーめっちゃいっぱいいる!」
プレミアサポや名物パブ店長へのインタビューもアーセナル率は非常に高いし、本書後半にまとめられている観戦会主催団体とファンの集うお店一覧でも、アーセナルが圧倒的多数を占めています。
「え、こんなにユナイテッドが負けるの?」ってくらいに。
本には登場しませんが、著名人だと和遥キナ先生なんかもアーセナルサポとして有名で、ラブライブのキャラにヨーロッパのフットボールクラブのユニフォームを着せた絵では、アーセナルが中央に位置しています。
まぁ、なんとなくわからないこともありません。
Jリーグで監督を務めたヴェンゲルが率いていて、しかも稲本が移籍。
日本人が見るなら、まぁ、アーセナルだろうという条件がまずありました。
で、いざチャンネルをあわせると、フットボールかくあるべし、といわんばかりの美しく理想的なパスサッカーが展開されているわけですし。
20年近く前の日本人が見たら、心酔するのも無理はないと思います。
しかし、魅了されて当然だというのはわかるのですが、なぜこんなにも突出して多いのか。
ふつうに考えれば、ユナイテッドと伯仲くらいの数であってもおかしくない。いや、むしろそのほうが自然な気すらします。
もう一度大学生をやり直せるなら「日本のアーセナルサポーターの生態系」というテーマで卒業論文書きたい。サポ文化が独自進化して、もはやアーセナル愛は「日本固有の独自解釈」すら始まってて面白い。なにより「何故アーセナルサポは増え続けるのか(特に2010年代)」という謎を解き明かしたい。
— 内藤秀明@パブ本1/30発売! (@nikutohide) January 6, 2019
これ、大変興味あるので、内藤さんでなくとも誰か酔狂な学生のかた、どうでしょうか。
社会学をやっている院生かなんかが紀要に書くのにもいいと思うのですが。
インターネットと内藤さんのお節介気質が見事にマッチしてるね
著者の内藤さんは、「プロローグ」と題された本書の序文において、自分が「お節介な性格」をしていると述べています。
この序文を要約すると、
大阪にいた高校時代と滋賀で暮らした大学時代、周囲にプレミアの話をできる人は少なくって飢えていた。
東京に出てきてから、プレミア仲間と出会えて楽しかった。
かつての自分と同じような飢餓感をもっている人たちのために場を作りたい。
といった感じで、なんともまぁ、お節介に起因する理念が述べられています。
その「他の人にも自分と同じ幸せを味わってもらいたい」というお節介気質が、もっともあらわれているのが第4章の「渡航前に読みたい現地観戦ガイド」でしょう。
ここには実体験をもとにした、本当に日本人が現地観戦しにいくために必要なこと書かれています。
余計な情報を盛り込まず、それでいて必要なことは余すことなく全部書く。
こうした記述のスタイルに「ぜひ初観戦してほしい。そのために役立てることはやりたい」という情熱のようなものを感じます。
この4章の、内容と記述スタイルによって、「あぁ、この人は本当に序文どおりのお節介な人なんだな」と確信しました。
そんなお節介な章を立てる彼の性格に力を与え、増幅してくれるのがインターネットです。
なにかと東本貢司氏の『イングランド』の名を挙げてきましたが、あの本が出た17年前と現在の違いって、やはりインターネットの普及とサービスの整備だと思うんですよね。
表紙に書かれた「新世代のイングランドサッカー観戦バイブル」って、要はインターネット普及以後の世代ってことなんですよね、きっと。
それも90年代と違って、SNSが全盛となり、あらゆる個人が自分のアカウントをもって、個人レベルから(アンオフィシャルな立場から)発信が可能となった時代。
個人の裁量でTLを構成できるようになり、検索ワードで一足飛びに目的の情報に出会うようになった時代。
ともすれば、「蛸壺的」とか「好きなものしか目に入らなくなる」という批判も浴びがちなネットですが、内藤さんの「もっと仲間と出会いたいと思っているプレミアサポのために」という気持ちにはベストマッチ。
たとえるなら
サイモンとガーファンクルのデュエット
ウッチャンに対するナンチャン
ポプテピピックと電気グルーヴ
高森朝雄の原作に対するちばてつやの「あしたのジョー」
といったところでしょうか。
ともかく、最適な組み合わせだと思います。
最後にちょっと思ったこと
この本は続編が出るべき本だと思いました。
それはまず、
シティサポのインタビューが少ないなぁ
と感じたからです。
この理由、一冊の本に収録できるコンテンツには限界があるのはもちろんのことですが、シティが力をつけたのが比較的最近のことだから、というのも一因ではないでしょうか。
きっと、マンチェスター・シティに惹かれて現地に移住し、マンチェスターの街から濃い情報を発信するヤバい日本人はこれから何人も登場する(すでにしてそうな気もしますが)のではないかな、と(ま、島田佳代子さんのように、まだ女子高生だった90年代初頭からシティの虜になり、輸入したビデオを見ていたような、そしてそのまま現地に旅立ったようなヤバイ人も既にいますが)。
同様に、近年日本でファンを増やしたであろうレスター。
ミラクルレスターを高校生で見て、海外留学を決意する人間だっていてもおかしくありません。
それに毎シーズン昇降格もあるわけで。
プレミアパブが続くなら、『ようこそ!チャンピオンシップパブ』みたいな、チャンピオンシップ編、場合によってはフットボールリーグ1編くらいまで必要かもしれません(ボルトンサポあたりのために)。
イングリッシュフットボールとプレミアパブの歴史が続くうちは、この本も続いていくべきなのではないか、なんて、期待をこめて思いました。